兵庫県高砂市にある生石神社。中には日本三奇のひとつ「石の宝殿(浮石)」があります。
生石神社(おうしこじんじゃ)は、兵庫県高砂市にある神社である。石の宝殿と呼ばれる巨大な石造物を神体としており、宮城県塩竈神社の塩竈、宮崎県霧島神宮の天逆鉾とともに「日本三奇」の一つとされている。
石の宝殿は、横6.4m、高さ5.7m、奥行7.2mの巨大な石造物で、水面に浮かんでいるように見えることから「浮石」とも呼ばれる。誰が何の目的でどのように作ったかはわかっていない。
山形県にも同名の「生石神社」があり、当社の分社と伝えられている。
「生石」の読みは本来「おうしこ」であるが、「おおしこ」・「おいしこ」と誤表記されている場合もある。
祭神
大穴牟遅命、少毘古那命を主祭神とし、大国主大神、生石子大神、粟嶋大神、高御位大神を配祀する。
歴史
『播州石宝殿略縁起』によれば、神代の昔、大穴牟遅と少毘古那が国土経営のため出雲からこの地に至り、石の宮殿を造営しようとして一夜のうちに二丈六尺の石の宝殿を作ったが、当地の阿賀の神の反乱を受け、それを鎮圧する間に夜が明けてしまい、宮殿は横倒しのまま起こすことができなかった。二神は、宮殿が未完成でもここに鎮まり国土を守ることを誓ったという。『播磨国風土記』では弓削大連(物部守屋)が作ったものであるとしている。いずれにしても古代からあったことになるが、延喜式神名帳や国史には表れない。
崇神天皇の時代、日本に疫病が流行していたとき、石の宝殿に鎮まる二神が崇神天皇の夢に表れ、「吾らを祀れば天下は泰平になる」とお告げがあったことから、現在地に生石神社が創建された。
成務天皇11年、羽後国飽海郡平田村生石(現 山形県酒田市大字生石)に当社の分社が作られた。
天正年間には羽柴秀吉が三木城攻路の時、陣所に貸与せよとの申出に対し、拒否したるため焼き撃に逢った。
前に看板がありましたので文章を抜粋します。
石宝殿
社名 生石神社
御祭神 大己貴神(生石大神、大國大神ともいう) 少彦名神(高御位大神、粟島神ともいう)
創建 崇神天皇十三年申日
祭禮 例祭十月十八日・十九日 春祭四月十二日
神式 神輿二体のからみ合せ(十月十八日・十九日)
旧蹟 石ノ宝殿
三方断崖に囲まれ、池中に石殿横たわる、古びた樹木が上部に生い茂っている。四方三間半(約六.三メートル)棟へニ丈六尺(約七.八七メートル)日本三奇の一つで御祭神の作と言い伝えられる。三奇とは塩釜神社の塩釜、霧島山の天の逆鉾石の宝殿である。俗に浮石という。この浮くは石工の用いる言葉で、岩にひびが入る即ち割れ目の出来ることを意味している。即ち石宝殿と台石との間にひびが入っているので浮石という。
沿革 大己貴神 少彦名神 天神の勅命で国土経営のため出雲から当地に立寄りになり、この宝殿山に仮宮を作って御滞在された時この石宝殿を刻まれた。工事中に天佐久売がやってきて、今麓の里で阿賀神が反乱を起しているとニ神に告げたので、石宝殿作りの工事は中止して今の神爪(神詰で神爪の名称の起りという)に諸神を集めて阿賀神を平定されたが石宝殿作りの工事は捨てられたので未完成に終った。この工事で生じた石屑は一里北の高御位山に捨てられた。高御位の北側に頂上から麓にかけて莫大な石屑が今尚あり、魚の象になっている。この附近には岩を切ったあとかたは全くない。
崇神天皇十三年に創建されて以来、伊保荘平津荘の鎮守として崇められ、孝徳天皇は白雉五年千石の土地(現在の生石、神爪、島の土地併せて千石)を寄付されたのでこの三ヶ町は墓地をいみ、生石は魚橋、神爪は岸、島は米田に墓地を作り宮百姓と称していたので大いに栄えていたが天正年間豊臣秀吉の焼打ちに逢い、土地は没収鐘樓、釣鐘は分捕りされ、当社の宝物、古文書は焼失し没落した。鐘は陣太鼓代りに使用した後、岐阜県大垣市赤坂町の安楽寺に寄附した(この鐘は大垣市の指定文化財となっている)鐘には播州石宝殿と寄進者の名が入っている。
荒井川はもと御手洗川と称し、神々が手を洗われたと伝える。泊は神々が御泊りになったので、とまりの名称が出来たと伝えられ、今日の加古川市泊の名の起りという。
大汝 少彦名将座 志都乃石室者 幾代将経(万葉集)
(おおなむち すくなひこなのいましけむ しづのいわやは いくよへぬらむ)
たまにきて またこむことのかたければ なごり生石の石のみあくら
みるからに とうとかりけるはりまなる いづのいわやの神のふるさと
うごきなき 千代万代の宝とて 石のみやいは つくりけらしも
高砂
高砂市観光協会

立札に記載文章抜粋
此ノ岩ハ石乃宝殿ノ分岩デス全身ノ力ヲ込メテ押シ下サイ
必ズヤ神様ヨリ偉大ナル、力ヲ御授ケ下サルデショウ。岩ニ触レタ手デ身体良クナイ処ヲ撫デマショウ。
はっきりいってカタカナは読みづらいので、ひらがなに変えてみました。
此の岩は石乃宝殿の分岩です全身の力を込めて押し下さい
必ずや神様より偉大なる、力を御授け下さるでしょう。岩に触れた手で身体良くない処を撫でましょう。

生石神社の前にある建物の上にある算額。
高砂市指定文化財です。(この写真であってますよね?)
石の宝殿(浮石)とは、兵庫県高砂市の生石神社(おうしこじんじゃ)に祭られている巨石建造物。幅6.4m、高さ5.7m、奥行き7.2m、裏側に四角錐の突起があり、丁度家を横倒しにしたような形状をしている。三方を岩に囲まれ、池に浮かんでいるように見えるため、「浮石」とも呼ばれる。この池は、晴雨に関係なく水位が変わらないと言われている。
誰がいつ何の目的で作ったものなのかは分かっていない。 謎を解明するため、2005年から2006年にかけて高砂市教育委員会と大手前大学史学研究所が共同して周囲の山塊も含めた3次元レーザ形状計測を実施した。
生石神社の社伝によると、大穴牟遅神と少毘古那神が出雲国から播磨国に来た際に石の宮殿を造ろうとして一夜のうちに現在の形まで造ったが、途中で播磨の土着の神の反乱が起こり、宮殿造営を止めて反乱を鎮圧したと伝えられる。
奈良県橿原市に益田岩船という巨石があるが、両者には関連があるのではないかと言われている。
この生石神社の石の宝殿と、宮城県塩竈神社の塩竈、宮崎県霧島神宮の天逆鉾(あめのさかほこ)を総称して、「日本三奇」と呼ぶ。(Wikipediaより抜粋)
10月第3日曜に秋季例大祭が行われます。2007年度の光景
この記事に関連している、
ブログランキングに参加しています。記事がよかったと思ったらクリックお願いします。
(他のいいブログも探すこともできます。)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 観光:生石神社、日本三奇「石の宝殿(浮石)」(兵庫県高砂市)
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.zoezoe.net/manager/mt-tb.cgi/428