?> 最終更新日: 更新日: 2025年10月18日 作成日:2025年10月19日
春日局の墓(文京区指定史跡)|麟祥院に残る無縫塔と稲葉・堀田ゆかりの墓域(文京区湯島 本郷三丁目駅)
麟祥院は、徳川三代将軍・家光の乳母として知られる「春日局(かすがのつぼね/1579-1643)」の菩提寺。
もとは寛永元年(1624)に春日局の隠棲所として開かれ、のちに彼女の法号にちなみ現在の寺名になりました。境内奥には、文京区指定史跡「春日局の墓」が静かに佇みます。
- 所在地:臨済宗・麟祥院の境内奥にある、春日局(1579-1643)の墓所
- 指定:文京区指定史跡
- 形式:卵形の石塔「無縫塔(むほうとう)」で、四方と台石に貫通孔がある独特の造形
- 伝承:「亡くなってからも政(まつりごと)を見通せるように」--貫通孔にまつわる逸話や「願いが通る石」の俗信が残る
- ゆかり:周囲に稲葉家(淀藩・館山藩分家)や堀田家(佐倉藩)など、春日局の子孫・縁戚の墓域が集まる
- 案内:「正厳院」などは戒名表記。人物特定は案内板で確認すると理解が深まる
- 最寄り:丸ノ内線/大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩7分、千代田線「湯島駅」徒歩9分
春日局の墓(文京区指定史跡)
墓碑は、卵形の石塔「無縫塔(むほうとう)」。四方と台石に貫通孔が穿たれているのが最大の特徴です。これは「亡くなってからも政(まつりごと)を見通せるように」という春日局の遺志が反映されたもの、と伝承されています。
江戸の頃には「願いが通る」石としても親しまれたという民間伝承も残ります。現在は立入・接触に配慮し、静かに手を合わせるのが作法です。
春日局ゆかり--稲葉家・堀田家の墓域
麟祥院の墓域には、春日局の縁戚にあたる稲葉家(淀藩・館山藩分家)や、ゆかりの深い堀田家(佐倉藩)などの墓所もまとまってあります。関係は少し複雑に見えますが、要点は「春日局の子孫・縁組の広がりがここに集約されている」ということです。
正厳院(しょうごんいん)の墓
案内にある「正厳院」は人名ではなく戒名です。人物は万菊(まんぎく)--春日局の孫で小田原藩主・稲葉正則の正室。春日局の外孫にあたります。
淀藩・稲葉家の墓
山城国淀藩を治めた稲葉家の合葬墓が春日局墓の近くにまとまっています。歴代当主や一族がここに合葬されたと伝わります。
館山藩・稲葉家分家の墓
安房館山藩の稲葉家分家の墓所も並びます。各地に広がった稲葉家の支流が、菩提寺である麟祥院に集約されている様子がうかがえます。
佐倉藩・堀田家の墓
堀田家は下総佐倉藩の大名。麟祥院には、とくに大老・堀田正俊の正室で、稲葉正則の娘にあたる栄昌院(戒名)の墓があります。稲葉家と堀田家の婚姻関係が、ここに墓域を置く理由です。
春日局の墓(麟祥院)の場所